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マルタ島 傷害事件

 こんばんは。
 少し続けましょう、、、

  以前2012年9月に、長崎でのキリシタン殉教に関して
  少し触れました、
  そのとき処刑者自身が見物人に懐紙を配り、
  流れた血をそれにつけて大事に持ち帰る習慣が
  あったことを書きました、

  キリスト教徒にとって「血」は最も神的な要素と考えられ、
  イエスの流した血によって、完全な救済と贖罪が成就し、
  神との契約が始まる、と考えられていました、
  それゆえに殉教者の血も尊いものとされたわけですが、、、


  ラテン語に baptismum sanguine という言葉があります、
  訳すと「血の洗礼」、殉教を指し示す言葉です、
  生まれた時、あるいはキリスト教への改宗時に行われる
  「水の洗礼」以上に、純粋で、浄化される行為と
  考えられてもいました、、、


  
  さて、ここで話を、カラヴァッジョに戻しますが、
  彼が作品に残した生涯唯一のサインが、、

       

     下の部分、首から流れた血で F michelAngel  と、、
     彼の本名、ミケランジェロ・メリージ、
     カラバッジョは地名、ダ・ヴィンチのヴィンチが地名なのと
     同様です、
       F は Fra 、修道士frateの短縮形、
               この場合は騎士の称号
     聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)騎士
     正式名は エルサレム聖ヨハネ看護騎士修道会
      成立当初は、エルサレム巡礼者や十字軍部隊を支援する
      病院活動を主目的としていました、
     
  
     
     洗礼者ヨハネ(聖ヨハネ)の斬首  1607-08年、
    マルタ島、ヴァレッタの聖ヨハネ大聖堂内
             361×520cm、 描かれている人物はほぼ等身大、 

             

       祭壇画として描かれました、
       両側には円形の中に聖ヨハネ騎士団の十字架が、

    この絵が描かれたのが1608年、
    それを遡ること、40年ほど、1565年マルタ島は
    トルコ軍に(200艘の船舶と3万5千の陸兵)包囲攻撃されます
    マルタ側は正規兵2600に民間兵6000ほど
       (諸説ありますが)
    劣勢著しい中、マルタは5ヶ月耐え
    シチリアからの援軍を機にトルコ軍は撤退します、
         (その後、1571年にはレパント海戦、 
           2011年1月にふれましたが)

    この史実が、上の作品に大きく影を落としています、、
 
        

   まずは、半円型になった一連の人物、
   サロメの差し出す皿を指さす中心の警吏の男の服装はトルコ風
   今まさに太刀では切り落とせなかった首を
   切り離そうと、屈んで腰の短剣に手をやっている男も
   風貌はトルコ的、、
     

    聖ヨハネは騎士団の守護聖人であり、象徴でもあるわけですから、
    その人物がトルコの手にかかっている、、
    つまりは忌むべき状況、

          

      鉄格子の中から様子を覗う二人の人物は
      (そもそも聖ヨハネには2人の弟子がいたようですが、)
    それと、相まって、当時トルコの捕虜になっていた人々を
    暗示させるとも言われています。
     (一人は頭に包帯を巻いています)

    
    以上、この作品が暗示する、対トルコ志向です、
    ちなみにキリスト教を守るべく異教徒と戦って亡くなった騎士は
    殉教者と見なされていました、

    この教会のこの部屋の外には、
    マルタ包囲戦で亡くなった多くの騎士の墓地に面しているとか、
    彼らへの鎮魂の意味合いもこの作品は含んでいます、


                   ‥‥‥‥‥

  さて、そもそもマルタ島位置

    
     聖ヨハネ騎士団所領となる以前は、ナポリと同じくスペイン治下

   カラヴァッジョは騎士団員となる目的でこの地に渡りました、
   ある評者は、彼の人生でこのナポリ滞在期が、
   いちばん幸福な時期だったのでは、と書いています、、

   この地へ渡ったのが、1607年7月
   何枚かの作品を依頼制作しながら、修業(軍事訓練も含む)を重ね
   翌年7月14日に入会を許可され、晴れて騎士の地位に、
   そして、上のサインの記述(F)を書き込みます、


   しかし、その一ヵ月後8月18日、
   仲間と結託して、ある有力騎士を襲い、重傷を負わせてしまいます、
   10日ほど後に逮捕入牢されますが、
   おそらく騎士団長か有力騎士の計らいで、
   逃亡‥‥

   ふたたび、流浪の身に、
   シチリアへ小船で渡ります‥‥



      ‥‥さて、さて、どうしましょう?   
      つづく、として良いものやら、、、

      今日はこのへんで、

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  • 2017.10.04 Wednesday
  • -
  • 11:52
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コメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
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