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裏切りの法則として

   こんばんは、
  すこし続けてみましょう、、

    まずは、先回登場しました、ブルゴーニュ公親子の
    異なった手(作者)による肖像スケッチ

         
               Jacques Le Boucq 画

       そしてもう一枚、同じ手によるもので、

             

        こちらも、先回最後に登場した、
                   フィリップ・ド・コミーヌ(1477-1511)像です、


     彼の著書「メモワール」「覚書・回想録」、
     残念ながら翻訳は、そのほんの一部しかされていませんが、
     向こうでは結構読まれているようで、、

     たとえば、あのモンテーニュ(1533-1592)が「エセー」のなかで、
     こんなことも書いています、、

       多くの大将方はそれぞれある書物をとくべつに愛読した 
       といわれる。
       たとえば、アレクサンドロス大王はホメロスを、
       スキピオ・アフリカヌスはクセノフォン
       マルクス・ブルートゥスはポリュビオスを、
       カルル5世はフィリップ・ド・コミーヌをという具合である。
       またマキャヴェリは今でも他の国々でもてはやされている
       といわれる。

         以下、話はカエサルの戦争論等に移ってゆきますが、、


       アレキサンドロス(BC.356-323)
              ホメロス(紀元前8世紀末?)
          トロイ戦争等を記す、「イリアス」「オデッセイア」
       スキピオ・アフリカヌス(BC.236-183)
          ローマ軍人・元老院議員、ハンニバルを破りポエニ戦争を終結させる
       クセノフォン(BC.427?-355?)
          ギリシア軍人・哲学者・著述家 ソクラテスの弟子、
          作品は「ギリシア史」、ペルシアからの撤退を記した
          「アナバシス」等々
       マルクス・ブルートゥス(BC.85-42) カエサル暗殺に携わった、、
              ポリビュオス(BC.204-125)
          「歴史」等の著者・歴史家、
           政体循環論(寡頭政治と民主政治の反復をとなえる)
              カール5世(1500-1558)再登場、、

             、、、、、


   さて、それで本題の、フィリップ・ド・コミーヌ、
   こんな文章を書いています、、
        、、「ルイ11世の人物像」と題して、、

     私がこの点に言及するのはこの世界で多くの裏切り行為を、
     仕える立場にある多くの者が主君を裏切るのを見てきたからである。
     他人の言葉に進んで耳をかす謙虚な者よりは、他人の言うことを
     あまり聞こうとはしない高慢な君侯の方が余計に裏切りの犠牲と
     なっている、、

     逆境のときに及んで窮地を脱することにかけて、わたしの知る限り
     最も賢明なる君侯は、我が主君ルイ11世であった。
     国王は言葉遣いは慎重、衣服も地味で、自分の役に立つかも
     知れないが、また害をなすこともありうる人間の心を捉えるのに
     意を用いた、、

     

   コミーヌ、そもそもは、経歴をブルゴーニュ公の盾持ちからスタートさせ、
   後には、テメレールの側近として活躍した人、
   しかし、1468年のテメレールとルイ11世のペロンヌでの会見時、
   窮地に陥ったルイを、コミーヌは影ながら救っています、
      (会談時に、ある都市がテメレールに反乱を起こしてしまいます、
      その黒幕がルイ王ではないかということになり、
      ルイは拘束状態に、、)

   そして1472年8月7日夜、コミーヌは、とうとうテメレールを見限り、
   ルイのもとに走ってしまいます、、


       、、他ならぬ、その彼が、記した文章が上です、、


   以降、ルイ王が没するまで、最も重要な側近として、
   国政の中枢にいました、
   しかし、如何せん、ルイが亡くなった後、
   息子シャルル8世の不興を買い一時投獄されたこともあったようですが、
   後に復帰、外交面で活躍したとか、、
       
     対イタリア外交折衝では、あのマキァベリとも、
     顔を合わせてもいたようです、
     マキァベリはコミーヌから多くを学び取ったとも、、
             、、、、、



     そして、先回すこし触れました、ナンシーの戦いでの、
     イタリア人傭兵隊長(カンポバッソ)の裏切りに関しては、
     給料の未払いが嵩んでいたとか、
     戦いの数日前にテメレールが論争から鎧の篭手(こて)で
     カンポバッソを殴っていたこと等があげられています、、
     おそらく、プロ戦争家、負け戦を予想はしていたのでしょう、、



   この戦いの戦利品、、

     テメレールの兜、、ルイ11世のもとへ、
     指輪は、あるスイス人に拾われ、1478年にはミラノ公に贈られ、、
     上着(トウニカ)、アルザス兵に剥ぎ取られ、トロフィーのように、
              ストラスブールの大聖堂に吊り下げられるも、
              その後紛失、、
     旗指物、兵たちを出したソルール造兵廠に、
     盃、砲兵隊長ハインリヒ・シュトリーベンがリーシュタルに持ち帰る、
     そして、金羊毛騎士章、
         こちらは、2デュカでミラノに売り飛ばされたといいます、、
              、、、、、


    
       さてさて、
       こんな時間ですが、どうやらすでに息切れ状態、、


       今日はこのへんで
     




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  • 2017.10.04 Wednesday
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  • 21:20
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コメント
これからの19年間の詳細な情報です。
長年の疑問が解消されれば幸いです。
 
ttp://6928.teacup.com/kongonoyotei/bbs ( 閲覧パス 2034 )
 
  • 激変するこれからの世界
  • 2015/03/07 5:01 AM
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