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コンスタンチノープル陥落日 と 受胎告知日

   こんばんは、
   今日はまずこの映像から、、

   

     フィレンツェ、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

      1296年9月6日に建造が始められ、
      大きなドームの一応の完成をみたのは1434年8月30日、
      この段階ではまだドーム上部は未完成、、
      しかし、1436年3月25日には、
      ローマ教皇エウゲニウス4世による献堂式が行われます、、
        (この時、教皇は、ローマの有力貴族によって、
         国外追放にされていました、、、

         3月25日は、再登場、聖母マリアの受胎告知日、

             fiore は「花」
         「花のサンタ・マリア聖堂」が正式に誕生します、
           このドーム、見方によってはかたちが、
           蕾のようにもみえます、、
           (全くの球形ではなく、縦に長くなっています、、


      この時に演奏されたのが、
      先回登場しました、もうひとりの作曲家、ギョーム・デュファイ
           「バラの花が先頃
           バラは聖母を象徴する花でもあります、
      この頃、彼はローマ教皇付きの音楽家・歌手でした、、


        ばらの花が先頃
        
教皇からの捧げ物として 
        荒々しい冬にもかかわらず
        
天の乙女よ、御身に対し
        
敬虔にまた神聖に捧げられ
        
堂々とした精巧な神殿を
        
永遠に飾った。

        
今日、イエス・キリストの代理人
        
ペテロの後継者である
        
エウゲニウスが
        
その聖なる手によって
        
このまことに華麗な神殿を
        
清められた水で
        
聖別することを決意した。

        
それゆえ、御身の息子の 
        うるわしい母である娘、
        
純潔の誉である乙女よ、
        
御身の忠実なフィレンツェの民は
        
御身に懇願します、
        
心と体でこの世に
        
何かを求める者のように、

        
御身の祈りによって
        
また肉体を取られた
        
彼らの主である御身の御子の
        
十字架の上の功績によって
        
彼らが恩恵と罪の許しを
        
受けるに値するように、アーメン。

          (
テノールによる)
        
ここは畏れ多きところ、、

          
              ‥‥‥‥


    すこし、彼の移動経過 (年表)を見てみましょう、、

     生まれは1400年ころ、ブルゴーニュ、、
     1409年には、カンブレーの聖堂聖歌隊のメンバーに、
     1420年 イタリア、リミニ・ペーザロの領主マラテスタ家のお抱えに、
     1426年      ボローニャ、ルイ・アルマン枢機卿に仕え、
     1428年      ローマ、教皇庁聖歌隊に
     1434年      サヴォア
            1436年      フィレンツェのローマ教皇エウゲニウス4世のもとに、
                教皇とともにボローニャ、フェラーラへ
                その後、再びサヴォアを拠点とする、
     1439年ー50年   カンブレー  
     1444年      ブリュッセル、ブルゴーニュ公のもとに、
                北フランス(ブルゴーニュ)各地を移動

     1474年    カンブレーにて死す

              ‥‥‥‥


   さて、この時期に、ヨーロッパキリスト教世界を震撼させる?ある事件が
         1453年5月29日に発生します、、

          オスマン・トルコによる、
          コンスタンチノープル陥落です、

   その翌年、2月17日、ブルゴーニュ公国リールにおいて、
   大規模な宴が催されます、
      (2月17日は聖アレクシス(再登場)と聖母のしもべ会7聖人の日
        巡礼とか団体行動とかを暗示します、、

   フィリップ善良公による、対オスマン帝国への十字軍アピールの宴、
     、、しかし、彼ら、ポーズだけで出兵は行っていません、、

     

      こちらは、狩りをかねた、屋外での全く別の宴の様子を描いた作品、
        (2月17日の宴、を題材にしたものにはあまり良いものがありません)
      原作は紛失したようで、これは模写になります、
      もともとの作品は先回の肖像画と同じ
      ヤン・ファイ・アイクのものであったようですが、、、
        (ちなみに、つけくわえると、中央部の集団の中、少し右手寄り、  
         唯一黒服を着て、大きなつば付き帽子をかぶり、
         こちらを見ている人物が、ジル・バンショワとか、、

 
    見ていただいて、まず驚くのがほとんど全員の服装の「白」の色合い、
    この頃、フィリップ善良公主催の規模の大きな宴には、
    参加者(招待者等)の服装のすべてを善良公があつらわせていたとか、、
                  、、、、


   このコンスタンチノープル陥落後の宴、
   正式名は「雉の宴・雉の誓い」といいますが、、

    
      「112着の衣服を作るために、黒色と灰色の毛織物を半分ずつ、
       456オーヌ半、(オーヌ=1.2メートル)   
       これらの服の袖にフリルをつけるための白布を350オーヌ、、
       同じく灰色と黒色の絹織物製47着の服の裏をつける用に、
       別な白布350オーヌ半、、

              等々の記録も残っています、、

       宴の主人公は、生きた雉らしく、
       さまざまの宝玉で飾られ、鎮座していたようです、、
         雉(フザン)、事をなすもの(フザン)にかけています、


     いろいろな出し物もあったらしく、

              まずは、後ろ向きに歩く馬にのって、ファンファーレを吹きならす、
       二人のトランペット奏者、、

       滑車をつけて動けるようになった教会、
       その中に歌手や小型オルガン奏者たちが音楽を奏で、、

       また城の形をした巨大なパイ、
       そのなかに28人の楽団員が入り込み、演奏をするもの、、
       
       牡鹿にまたがり、落ちないように角につかまって、
       ジル・バンショワの「かって似たものを見たためしがない」を
       歌う、まだ12歳の少女、、

     料理は、48種類、
     9皿ないし10皿ずつ、5回に分けて供され、、

       最後に登場するのが巨大な象、
       その上に、囚われの身のようなかたちで女性が、、
       そしてその彼女が、切々とある曲を歌います、、
        (象はトルコを象徴します、)

         その曲の作曲者が、またしてもギョーム・デュフイ

    Lamentatio Sanctae Matris Ecclesiae Constantinopolitanae
        「コンスタンチノープル教会の聖母の嘆き

         おお、あらゆる望みの慈悲深き泉
         なげきにくれるこの母の子の御父よ
         御身が高貴の宮殿へ来たり給いて
         御身のちからそのものに、
         また 私にかくも高き誇りを与えたかの子に対し
         あれほどむごい仕打ちを耐え忍ばせた
         人類の本性に、憐れみをかけたまえ

         そのことゆえ 私は幸いと喜びより離れ去り
         私の悲しみを分かろうとする者は一人とてありませぬ
         唯一の神よ ただ御身のみに私は嘆きを訴えます
         人の子のうち最も美しいかの者の 人類すべてより、
         なんの慰めもかけられず 耐え悩む姿を見るという
         嘆かわしい侮辱重い呵責を

                              (テノールによる)
         その友らのすべては彼女を見捨て去りぬ
         彼女に親しき者ら、誰ひとり彼女を慰めざりき

             (すこし訳文が乱れているような感じが、、)


           ビザンチン帝国からの各国へ援軍要請はあったようですが、
           実際に出兵したのは、ヴェネツィア・ジェノバの2000人ほど、、
           10万をこえるトルコ軍に、
           迎え撃つビザンチン側は援軍を含め7000、、 
                、、、、



    、、さて、これら、15世紀をある意味代表するような、二つのセレモニー、
    その両方に作曲家として参加しているデュファイ、、
       もちろん、それだけに留まりませんが、、

       少し、書いてみました、、
                                            



       すでに、そろそろ良き時間、、

       ということで、、今日はこのへんで、
         
      

                  

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  • 2017.10.04 Wednesday
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  • 23:20
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