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回勅 聖母マリア

   こんばんは、

   すこし続けてみましょう、、

         ひとつの冊子の表紙から、、

        

                

                   from:ANTIQBOOK

 

          先回からの、ピウス9世の回勅「無原罪の御宿り

              フランス語版です、

 

    このなかに、、

 

     口にしてはならないほど神聖な神は、最初から、この世が始まる以前から

     彼のひとり子イエス・キリストのために、ひとりの母親を選んだ。

     そして至福に満ちたメシア到来のときが来ると、その母親の胎内から

     人間の姿となって、この世に生まれることが出来るような手はずを整えた。

     神はこの母親にあらゆる被造物に対するよりもずっと多くの愛を注いだので

     この上ない好意を特別な方法によって彼女に示した。

     それゆえ神は天国のあらゆる恩寵をご自分の宝のなかから取り出して、

     どのような天使や聖人に対するよりもずっと多くのもので彼女を満した。

     そして、それとともに、彼女をあらゆる罪の汚れからたえず守り、

     この上もなく完璧なものとした。

     彼女はこれほどまでに純真さと神聖さで満ちあふれているので、神のもので

     彼女以上偉大な存在を人間に宿すことが出来ず、神以外には誰も心のなかに

     彼女を宿すことはできない。そして彼女がこれ以上ないほど神聖な光で

     つねに輝いており、原罪の汚れから完全に守られいなければならなかったのは

     かって人類を罪に陥れた蛇に対して申し分のない勝利をおさめるためだった。

     (略)人類の救い主であるイエス・キリストのために全能なる神の特別な

     好意と恩寵によって聖処女マリアが受胎される瞬間にあらゆる原罪の汚れから

     守られていたという教義は神によって啓示されたものであり、全信者が

     断固として信じなければならないということを我々は宣言し表明し定義する。

             1854年12月8日

 

 

   これと並んで言及される、回勅「聖母の被昇天

   すこし引用してみますと、、

 

           

                                       from:,운석장면기념관

 

                   こちらは英語版

 

     しかしながら、我々の時代には、神の母である聖母マリアの肉体が天国へ

     のぼったという「聖母被昇天」の特権をあきらかにするという課題が残され

     ていた。(略)

     かってこの特権は、不朽の名声を残した我々の先任者であるピウス9世

     神の母の「無原罪の御宿り」という教義を厳かに定義したとき、新しい光で

     輝いた。実際、このふたつの特権はきわめて緊密に結びついている。

     イエス・キリストはご自身の死によって、罪と死に打ち勝った。また洗礼に

     よって超自然的に生まれ変わった者は、イエス・キリストと同じように罪と

     死に打ち勝つのである。

     しかし一般的な法則として、この世の最後が訪れるときまで、神は正しい

     人々が死に対して完全な勝利をおさめることをお認めになっていない。

     それゆえ正しい人々の肉体でさえも死後には腐り、この世が終わりを告げる

     ときになってはじめて、栄光に満ちた自分たちの魂と結びつくのである。

     ところが神は聖処女マリアがこの普遍的な法則から免れることをお望みに

     なった。例外的な特権を得た聖母マリアは、「無原罪の御宿り」によって

     罪に打ち勝ったので、墓の中で腐敗する法則にもしたがうべきではない。

     (略)

     高貴なる神の母が神の子イエス・キリストときわめて緊密に結びつき、

     たえず運命をともにしている様子を我々のまえに提示する。それゆえ、

     イエス・キリストを身ごもり、彼を生み、彼に乳を含ませ、彼を腕の中に抱き、

     胸に引き寄せた女性を、この世で生命を終えたあと、精神的には無理だと

     しても少なくとも肉体的に彼と引き離したままでおくのは、ほとんど不可能だと

     思われる。

     なぜならわれらのあがない主はマリアの息子イエス・キリストであり、非の打ち

     所がない神の法則の守り手である彼が、永遠の父と同様にこの上なく愛する

     母を、尊敬しないでいることなどできなかったからである。彼は彼女を最大限の

     栄誉で飾ることができたので、彼女が墓の中で腐らないように守ったことだろう。

     それゆえ、これが彼によって実際に行われた出来事であることを信じなければ

     ならない。(略)

     したがって、永遠の処女である汚れなき神の母マリアが、この世での生涯を

     終えたときに魂も肉体も天の栄光にあげられたことは、神によって啓示された

     教義であるということを、我々は宣言し、表明し、定義する。

                       1950年11月1日

                          ピウス12世

 

     

   このふたつの回勅・教義、

   そもそもは民間信仰として古くから(古代世界)から信じられていたのにもかかわらず、

   最近になって、こういうかたちで、あらためてさし示されています、

 

 

   1854年の「無原罪の御宿り」では、

   当時ヨーロッパをとりまいていた「共和国思想」、

     つまり、宗教や民族の範疇ではなく、同じところに住むというつながりをもとにして

     国家を形成してゆくという考え、

   この考えに対抗して、そもそもの宗教に眼を向けさせようとしたもの、、

 

   しかし、先回も触れましたが、イタリアは統一され、法王ピウス9世は

   領土も世俗的主権も無くしてしまいます、、

   

   共和国思想をもつ人々からは反感の矛先となりますが、

   それに反して、宗教者としてのカリスマ性はおのずから高まってゆきます、、

   そして、世俗権力を失うまぎわに、1870年、

   宗教上の絶対的権力とでもいうべき「教皇首位説と教皇不可謬説」を手に入れます、

 

                  、、、、

 

 

   そして、1950年の「聖母マリアの被昇天

      1946年のチャーチルの「鉄のカーテン」

      1949年、「北大西洋条約機構」

      反共産主義や、反軍事主義の意味合いも含んで、、、

 

                  、、、、

 

 

   さてさて、すこし殺伐としてきましたか、、

   1505年から10年にかけて製作されたという祭壇彫刻に最後に登場してもらいましょう、

   作者はリーメンシュナイダー(1460年頃 - 1531年)

   ドイツ、、ニュルンベルクとハイデルベルクの中間ポイント、

   クレクリンゲンの巡礼聖堂にあります、

 

    

                                       from: Christ Bearers

 

           天使たちによって昇ってゆく聖母、、

 

     

                                                from: Wikipedia

 

             それでは、、

             今日はこのへんで、、

 

 

                                    参考文献は先回の分に加えて、

                シルヴィー・バルネイ「聖母マリア」創元社

 

   


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  • 2017.10.04 Wednesday
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