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ヴェネツィア統治

  こんばんは。
 またしても、すこし道をふみはずします。
 きっかけは一枚の写真
    先々回のブログ、キュテラ島、シテール島、時、
    ウィキペディアのページでであったものですが、

     
         この島の、ヴェネツィア統治時の城砦の写真です。
         イタリア語ではCerigo チェリーゴ島と呼ばれていますが。

    それ以前に登場した、パフォス・キプロス島も
    ヴェネツィア共和国統治時代があったわけでして、
    

       赤のエリア、16世紀初頭頃の、共和国統治地域です。
       東地中海航路のポイントを完全に掌握しています。

       小さな文字で記入がある地域もありますが、
         共和国の統治期間です。
      
          キプロス 1489−1571
          キュテラ  1204−1797
          クレタ   1204−1669
          コルフ   1401−1797

       キプロス、クレタ島はオスマン・トルコに征服され、
       キュテラ、コルフはナポレオン侵攻による共和国消滅時まで統治しています。


  さて、前置きはこれくらいにして、
  先回のシテール島の巡礼から、エルサレム巡礼に話を飛ばしてみます。
  以前、登場した、イグナチオ・ロヨラも、このヴェネツィア航路でエルサレム入り
  を果たしているわけですが、(1523年)

  今回はそれに先立つこと40年ほど、1480年
  ある巡礼者の旅程を。

          6月6日  ヴェネツィア出発
            8-10  パレンツォ着・発
            14    ザーラ(現クロアチア・ザダル)
             

            20-21  ラグーザ(現クロアチア・ドゥブロヴニク)
            
             

           24−7・1  コルフ島
          7・4-6    モドーネ(ペロポネソス半島南端)   
            9−13  クレタ島、カンディア(ギリシャ語イラクリオン)
            16-19   キプロス島、リマソール
             20    ヤッファ上陸(現イスラエル・テルアビブ地区)
             25   ロバにてラーマへ   
             27   エルサレム着

           8・8  エルサレム発
            11  ヤッファ発
            15  キプロス着
            9・9  ロードス島着 13 発
            21  クレタ島
           10・8  コルフ島
             14  レジーナ
             17  パレンツォ

             22  ヴェネツィア帰還

          約5ヶ月の行程
          半年の職場休暇を申請し、
          兄を遺産相続人に指定して出発に臨んだようです。

    
   ここで、もうひとつ、
 同じ1480年から約3年の月日をかけて、エルサレムへ旅をした  
 ドイツ南部、ウルム、のドメニコ会修道士が残した記述には、その船旅について、

    巡礼者は自分の寝床の傍らにガラスか陶製の容器を置き、
    その中に小便をしたり嘔吐(船酔い)をしたりする。
    船内は狭く暗いし、いつも人々が往来していたので、
    誰か無骨者が、このような容器を5・6個ひっくり返したため、
    耐えがたい悪臭を放った。
    夜は甲板上に無数の人が転がっていたため、船首の両側に
    便所が設けられていたが、そこに行くには、仲間を踏んづけたり、
    寝ているものの上に倒れたり、一足毎に危険を冒すことになる。

    毎朝、たいていの人はその便所に向かうが、いつも10人ほどの人が
    並んでいる。ひとりがあまりに時間がかかりすぎると、怒り出す人もあった。

    天候が悪く、なおかつ海が荒れているときは大変で、外の便所を探すものは、
    ずぶぬれになる危険を冒すことになる。
    それゆえ多くのものは衣服を脱ぎ、裸になって船首の方へ行った。
    それを嫌がり、寝台の容器に用を足すものも少なくなかった‥‥

       ‥‥旅の一面です。


 こんな話もあります。

 その南ドイツ・ウルムの領主?でもあるヴュルテンベルク伯爵が
 同じくあるドメニコ会僧侶にもらした言葉だそうですが、

    「世の中にひとに薦めるべきか、それとも薦めないほうがよいのか、
     迷うことが、三つある。
     第一は結婚、二つ目は戦争、
     そして最後のひとつは聖地巡礼だ」


    この言葉からうかがえるに、この方、3つとも経験なさっているようで、
    なんとも、ご苦労様でございます。


      道をはずしてしまいました‥‥


      何度目の夜が更けるのか?
      今日はこのへんで。     

 

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  • 2017.11.18 Saturday
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  • 23:44
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コメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
コメント有難うございます。
ごくごく私的な興味本位の事柄を適当に資料をあさって書いてゆくこのブログ、、、
はたして皆さんに喜んでいただいているのかとうかさえ、全く見えないのが現状です、、
コメントを頂けると、大変励みになりますし、つたない過去を振り返ることにもなります、、

ありがとうございました。
  • すみれ
  • 2014/06/08 10:09 AM
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